強くなる中国と没落する日本の科学技術力!どうする?

研究 大学の研究力

これまでも何度もいろいろな方々が指摘をしていることですが、日本の科学技術力の低迷が懸念されています。また中国の科学技術力の成長も顕著で、ついに論文数では米国を抜いて世界1位になりました。このままで大丈夫なのでしょうか?

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中国が米国を抜いて論文数で世界1位!

文部科学省 科学技術・学術政策研究所が2020年8月7日に発表した「科学技術指標2020」によると、自然科学分野の論文数で中国が米国を抜いて世界1位になりました。データは2017年(2016〜2018年の平均)で、中国の論文数は30万5927本、米国は28万1487本です。3位はドイツで6万7041本、日本は4位で6万4874本です。

国別の科学技術力の比較する指標として論文数が取り上げられることが多いです。しかし、「論文数が本当に科学技術力を示す指標となるのか?」という疑問も当然のことながらあります。

ノーベル賞を受賞するような研究者も、必ずしも論文の数だけで高く評価されるわけではありません。むしろ独創的な研究成果が1つでもあればよく、その独創性そのものが重要となるわけです。そのため「論文が引用された回数」を指標として注目することもあります。

それでは「引用回数が多いほど良い論文・研究成果なのか?」という話になると、分野にもよりますし、勢力の強い研究グループなどでは組織的に自分たちの論文を引用する場合もありますので、必ずしもそれがすべてというわけではありません。

このように細かなところを掘り下げて見ていくと、いろいろと謎な部分はあります。しかし、一つの偉大な発見・発明が実用化され、普及し、関連の産業が成長していくまでの全体像を見れば、1人の人間ができることではなく、多くの人々の協力・努力によって成し遂げられ、人類の役に立つようになります。

学術的な研究から産業の成長までの科学技術の全体像を推し量ろうとした時に、あまりにミクロな発見・発明だけに注目するのではなく、国家レベルのマクロな活動を見ることは意味があります。その時に役立つ重要な指標が論文数なのです。

なぜ論文数から科学技術が推し量られるのか?

自然科学分野の論文とは、ある程度の規模の研究活動を行い、得られた成果を文章でまとめたものです。論文を執筆・投稿すると、新規性・研究成果の価値が査読者によって審査され、一定の水準以上と認められた時に受理され、出版されます。つまり、論文として出版できるということは、一定の水準以上の研究成果であるということが専門家によって認められた証になります。

大学や国立・効率の研究機関の研究者ならば、基本的には論文によって研究業績が評価されます。したがって、それらの研究者は職務として論文を執筆・投稿します。企業の研究者の場合、所属する企業の事業に貢献することが第一の使命ですので、研究成果が出ても必ずしも論文を書かないことが少なくありません。まずは特許を出願しますし、場合によっては秘密にしておくこともあります。

しかし、必ずしも企業の研究者が論文を書かないかというとそうでもなく、技術力のアピール、ある分野でリーダーシップを取ること、研究者のモチベーション向上など、いろいろな理由で特許出願後に論文を書くことが欧米では少なくありません。

したがって、学術分野・産業分野の科学技術力の指標として論文数はそれなりに意味があるのです。当然のことながら、論文数はこれらの国々の研究開発費の総額とも相関が高いです。

2018年の研究開発費総額は、米国が60.7兆円、中国が58兆円、日本が17.9兆円、ドイツが14.8兆円、韓国が10.3兆円です。

1人の天才の力だけで発明・発見から産業の育成までできるわけではありませんので、研究開発費総額が何倍もの差があれば、科学技術力の差は広がる一方でしょう。

日本の大学の研究費が削減され、年々研究力の低下が懸念されています。その状況については、こちらの記事「国立大学運営費交付金の削減が続く!日本の研究開発力は?」で紹介しています。

日本企業の研究開発費も、欧米の主力企業と比べて大きく見劣りするような状況となっています。こちらの記事「日本企業の研究開発費は海外企業に見劣りする?伸びてるの?」で紹介しています。


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日本の科学技術力はどうなるのか?

どれぐらいの資金・人材を研究開発に投入できるのか?これを考えていくと、基本的には国力ということになるのでしょう。経済的な指標としてはGDPということになります。実際、研究開発費総額はGDPランキングと相関が高いです。

このことを真剣に考えると、人口が減少していく日本において、米国と中国に追いつこうとするのは絶望的な印象を受けます。本気でそれを目指すならば、人口減少をストップさせるだけでなく、人口を長期的に増やしていくようにしなければならないでしょう。

限られた人的資源でこれまでのような存在感を示すには、ターゲットを絞るという話になりがちですが、自然科学というものはいろいろなものが関連し合っており、今後は分野融合的な取り組みが重視されていますので、それも得策ではないように感じます。

むしろ日本に閉じこもるのではなく、最初から世界的な視野で活動し、日本にも多くの外国人を呼び込むような工夫が必要なのでしょう。「日本の科学技術力が必要」と認識してもらえるように、積極的に世界と交流し、常に新しいものが生まれる場所に日本人が居るようなしなければなりません。

これまでは国や企業が人材育成のために海外留学・派遣にお金をかけました。中国も多くの人を米国に送り、自国の発展につなげました。そのような視点で日本も人を海外へ送るべきですし、反対に優秀な人を日本へ呼び込むべきです。あまりに短期的な些少な損得だけでなく、長期的な取り組みが必要でしょう。

人が交流するところで科学技術は発展します。積極的に世界と交流すべきです。

まとめ

中国の論文数の増加に見るその科学技術の発展はとどまるところを知りません。日本の科学技術は相対的に低下する一方です。将来を見た投資が必要です。

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