最近のAppleのiPhoneやiPad、MacBookには、True Toneという機能が付いており、周囲の光に合わせてディスプレイの色味が自動で変わります。初めて使ってみた時にかなり驚いたのですが、なぜこのような機能を付けたのでしょうか?これを理解するには、少々人間の眼・視覚についての基礎を知っておく必要がありそうです。以下に紹介します。
明順応と暗順応とは?

夜、明るい照明が点灯している部屋で、消灯して暗くするとほとんど何も見えません。しかし、数分程度経過すると、徐々に眼が暗闇に慣れてきて、部屋内の様子が見えてきます(*本当にまったく光が無い暗闇では何も見えません。月夜であれば月の明かりがあり、市街地では街灯などがありますので、窓があれば多少の光が入り込みます。微弱な光がある状況を想定しています)。これを暗順応と呼びます。
また暗い部屋で急に照明を明るくすると眩しく感じるでしょう。明るくした瞬間は周囲がよく見えなくなりますが、比較的短時間で明るさに眼が慣れて、正常に見えるようになります。これを明順応と呼びます。
人間の眼の網膜には視細胞があり、これが光を吸収し、電気信号に変換することによって物を見ることができます。視細胞には、錐体と杆体(*桿体とも書く)があり、錐体はさらにS錐体、M錐体、L錐体の3種類があります。後述するように、これらの3種類の錐体がそれぞれ異なる波長の光を吸収することで「色」を感じることができます。杆体は1種類であるため、色を感じることができません。
錐体は感度が低いため、微弱光のみの暗いところでは見えなくなりますが、より感度が高い杆体によって微弱光を見ることができます。杆体にはロドプシンという物質があり、これが光を吸収すると異性化し、光を吸収しなくなります。この光化学反応によって、暗闇でも微弱光を感じて見ることができます。異性化したロドプシンは、光が当たらなければ元のロドプシンに戻り、再度利用されます。
明るいところでは、杆体のロドプシンがほとんど異性化してしまっていて、杆体で光を感じることができなくなっています。しかし、微弱光のみの暗闇になると、徐々にロドプシンが再生されて、微弱光を見ることができるようになります。このプロセスが暗順応であり、数分から30分程度と言われています。ロドプシンはビタミンAから作られるため、ビタミンAが不足すると暗いところがよく見えない夜盲症となります。
暗いところから明るいところに移ると、杆体のロドプシンがすぐに異性化してしまい、杆体で見ることができなくなります。これが「眩しい」という感覚で、比較的短時間で錐体が杆体に代わって機能するようになり、見えるようになります。これが明順応のプロセスで、暗順応よりはずっとレスポンスが速いです。
ちなみに杆体は、600 nmよりも長波長側の光にはほとんど感度がありません。夜間に赤色の物体がよく見えなくなるのはそのためです。
色が見える仕組み

例えばミツバチの眼は、人間とは異なる感度のスペクトルを持ち、可視光線だけでなく紫外線も見ることができます。特に紫外線の感度が高く、反対に可視光の長波長領域の感度は低いです。他の昆虫も同じような特徴を持っています。昆虫の脳がこれらの光をどのような色と認識しているのか分かりませんが、少なくとも人間とは異なる色覚であることは間違いないでしょう。つまり、人間と同じような色と感じているとは考え難いです。
このような昆虫の視覚から、昆虫を引き寄せ難い照明を作る場合は、紫外線をカットするか、そもそも紫外線を発しない光源を用いています。
色順応とは?AppleのTrue Toneとは?

赤いセロハンなどで作った眼鏡をある程度の時間かけて、急に外してみると、視野内が全体的に緑色に見えることを体験したことがある方も多いでしょう。これが色順応です。他の色に対しても、それぞれの補色の関係にある色に見えます。
前述のように、色はS錐体、M錐体、L錐体からの電気信号を脳が処理して認識されます。同じ電気信号を送っても、脳で調整するプロセスがあるわけです。赤いセロハンを通して視野全体が赤色に見えている時は、それを自然な白色に近づけるように脳が調整しているため(*白色に見えるわけではありません)、突然赤いセロハンを外すとその調整分だけ補色の緑色に見えるわけです。
ここまで極端でなくても、部屋の照明などによって無意識のうちに色順応が起こっています。最近のLED照明では、「電球色」「昼白色」「昼光色」などの照明の色味(色温度)の表示がある場合があります。またこれらをリモコンで調整して切り替えられるものもあります。
「電球色」は、その名の通り電球の色に近い暖色系の白色です。「昼白色」は、太陽の光に近い白色です。「昼光色」は、少し青みがかった白色です。「昼白色」はニュートラルな白色ですので、どのような状況にも適しています。色温度の低い暖色系の「電球色」はリラックスしたい時、色温度が高い寒色系の「昼光色」は集中力を高める時に適しているとされています。
白い紙を「電球色」の照明の下で見ると黄色味がかって見えますし、「昼光色」の照明の下で見ると青味がかって見えます。しかし、これらの照明の部屋にある程度の時間居ると、前述のように色順応が起こり、自然な白色に近づくように脳が調整します。
AppleのTrue Toneは、「True Toneは、あなたの周囲の光に合わせてホワイトバランスを調整します。だからベッドで読書をしている時も、プールサイドでネットサーフィンをしている時も、ディスプレイ上の画像は自然に、そして一段と目に優しく映し出されます。」と公式サイトに記載されているだけで、どのような調整が行われているのか詳細は説明されていません。しかし、上記の色順応のことを考えると、周囲の光の下に白色の紙を置いた状況に近づけるようにホワイトバランスを調整しているのではないかと推測されます。
まとめ
人間の眼の明順応・暗順応と色順応について紹介しました。AppleのTrue Toneのように、これらの人間の眼の性質についての基礎知識がないと機能・技術を理解することも難しいものが登場しています。それだけ人間に優しくなっているということでしょう。
ガンマ補正とディスプレイの階調表示についてこちらの記事で紹介しています。
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